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[コラム] 北里が日本で拓いた体外受精

哺乳動物の受精は雌の体内で起きます。受精現象を顕微鏡下で直接観察することは、体外受精の技術が開発されるまではできませんでした。それまでは受精の研究といえば、もともと体外受精のウニを材料にしたものが主流でした。哺乳動物の体外受精(in vitro fertilization, IVF)は、卵子と精子を体外に取り出し、シャーレ内の適切な培地中で一緒に短時間培養し、受精を成立させる技術です。その結果、受精卵が生じます。
 哺乳動物の体外受精に最初に成功した科学者は、米国のウースター財団実験生物研究所(現在、マサチューセッツ州立大学医学部ウースター財団キャンパス)のチャーン博士(Dr. Min Chueh Chang)です。博士は0908_egg
1959年に体外受精卵を移植して生きた子ウサギを得ています。ヒトの体外受精児誕生の第1号は、それから19年も経った1978年のことです。
 博士はどのような理由から体外受精に興味をもち、成功させたのでしょうか。理由はこうです。博士は「もし哺乳動物でも、受精をウニのように体外でできれば、これまで知られていないことがたくさん分かるのではないか」と考えたのです。では、どのようにして成功したのでしょうか。それは博士が1951年に「交尾によって送り込まれた哺乳動物の精子は、排卵されるまで雌の生殖道内にある一定時間留まり、ある生理的変化(後に受精能獲得[キャパシテーション]と命名)を起こさないかぎり、卵子を受精できない」という現象をウサギで見出していたからです。大きな科学技術(体外受精)の成功は、その布石となる新発見(受精能獲得)があってのことという原理は、今でも変わりません。
 次に、体外受精と北里大学動物資源科学科との関係について述べてみましょう。チャーン博士の下で体外受精の研究に従事した豊田 裕先生(当時、東北大学)が、留学を終えてすぐの1968年10月に本学に助教授として赴任しました。当時の日本では厳密な意味での体外受精の研究は行われていませんでした。当然、体外受精に対する理解はほとんどありませんでした。豊田先生はチャーン博士の指導の下で体外受精を知った折、「体外受精が生殖学の領域で何に使えるか今はまったく分からない。でも、将来必ず役立つときが来る」と閃いたと言います。この閃きは正しく、体外受精は、哺乳動物の受精の研究はもとより、受精卵/初期胚の大量生産、人工授精と胚移植に続く第3の家畜繁殖技術、そしてヒトの不妊症の重要な治療法である生殖補助医療(ART)の基本となっています。
 豊田先生はわが国における体外受精研究のパイオニアとして、0908_egg2北里大学動物資源科学科を広く社会に知らせました。現在、動物資源科学科では体外受精-胚移植(IVF-ET)によって効率よく産子を得るという方向性で、体外受精を進化発展させています。
 動物資源科学科で体外受精の教育を受けた卒業生のうち、すでに50名を越える人が、生殖補助医療胚培養士として社会のために貢献しており、高い評価を得ています。


                                        担当 動物生殖学研究室
                                        教授 福田芳詔
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